2019年09月29日
歴史散策:旧東海道(4)明治の道
ここまで:古代の東海道:蔦の細道:出世街道、と3つのルートを歩いて来ましたが、どの道も行く手に立ちはだかる山の
壁の低いところを捜して、よいしょよいしょ!の峠越えで克服して来ていました..(^^ゞ
しかし、今回の「明治の東海道」は他とちょっと違う、実は明治時代に入って、峠を貫くトンネルが出来た事から、街道も
この宇津ノ谷峠《 明治のトンネル》に向かって新しいルートが誕生したのです! 位置はこの辺りです..
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宇津ノ谷側n坑門 レトロなカンテラのある坑内 岡部側の出口(狭い) 岡部側の坑門..旅人仕様?




明治の道!標識(^^♪ 国1宇津ノ谷トンネル 集合スポット..坂下地蔵堂! 界隈の街道..案内板
この界隈の旧東海道で初のトンネルルート、明治9年(1876)の事です、この「明治のトンネル」以降、あの文明開化に
さし掛かり・・・ 交通量の増大と共にトンネルラッシュが:大正:昭和:平成と続く事になるのですが、この話はまたあとで
2019年09月23日
歴史散策:旧東海道(3)出世街道
鞠子宿から宇津ノ谷峠越えで岡部宿へ至る、新たな東海道としてこの界隈では3番目に古い旧東海道です。
案内の前に..白状しますが、そもそも「東海道」と言う名前は家康が幕府として整備、四代将軍家綱の時代に
基幹街道に定められた5街道の1つ..よってここまでの記述 「旧東海道」は時代的にもっと前なので正確には
前身ではあるが、当時の名は「東海道」ではなく、単に〇〇街道だった、便宜上「旧東海道」と表記しましたが
時代誤認!.. と仰らずにご勘弁を
ここでの「旧東海道」は、別名「出世/大名街道」として知られる宇津ノ谷峠越の街道の事..前回の「蔦の細道」
より少し北側を巡っていて、後に正真正銘の 東海道 となるルートで、現在の国道1号線、宇津ノ谷トンネルの
上を横切る位置にあります、( 位置はこのあたりです)
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この《出世街道》 別名(大名街道)は、豊臣秀吉の小田原攻めに伴って、大名行列や武将達の大群が素早く
通れる様に、幅広の新道を新設されたのが発端で、歩いてみても、蔦の細道よりはずっと広く、路面も平らに
歩き易く、整備された跡がうかがえます、新街道が出来たので、古代ルート以後..旧東海道を開くまで 主役
だった「蔦の細道」は、急峻で狭く歩き難いので、わざわざ利用する旅人が減り、だんだんすたれ、知らぬ間
に、それこそ蔦に埋もれて.. 消えてしまったとの事です!
マップで位置関係をチェック 岡部側公園に入口が 旧東海道の掲示板 ここが登り口です




出世街道の起点 宇津ノ谷峠頂上付近 宇津ノ谷の集落遠望 街道から集落への連絡径








宇津ノ谷集落の街並(現役) 御羽織屋の佇まい 陣羽織のいわれ 秀吉拝領の陣羽織
:今回は、オリジナルサイトの元記事の併記をやめ、拝借中のFC2ブログ記事へのリンクだけ..と 思った
のですが本編は《歴史散策》シリーズの本命.. 大きい画像の方が見易いので、重複承知で併記します。
左の 続きを読む.. からどうぞ(^^ゞ
続きを読む
2019年09月17日
歴史散策 :旧東海道(2)蔦の細道
「蔦の細道」って一度はお聞きになった事がおありと思います.. 訪れたいけどなかなか機会が無く..でしょうか?
「蔦の細道」は、平安時代の初めから、豊臣秀吉が、旧東海道を開くまでの約700年間、官道として利用され
前回の「やきつべ花沢から日本坂峠越へで小坂へ」至る、古代ルート以後..旧東海道を開くまで主役だった。
鞠子宿から宇津ノ谷峠越えで岡部宿へ至る、新たな東海道としてこの界隈では2番目に古い旧東海道です!
( 位置はこのあたりです)
本編:旧東海道シリーズは、静岡市と旧岡部町(現藤枝市)及び焼津市との境界に横たわる連山を超える古い
街道の話.. 他にも、鉄道や道路、トンネルなど気が向くままに歩き回り.. トンネルといえば 道路や鉄道..等と
何本あるか?? ご存じでしょうか.. の 話は後続の編で紹介する事にして(^^ゞ
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近年..再現された古道.. とあって、凄い急傾斜.. 駐車場所の都合で両側から登ったが、静岡側は岩壁並み




周辺マップでチェック 蔦の細道公園の登り口 岡部川の登り口 蔦の細道のうんちくが




古道の始まり、すごい急傾斜 峠の頂上です 在原業平氏の歌碑 静岡口への案内板
静岡市の西部.. 安倍川を越えると、歌川広重の東海道五十三次絵にも描かれた「鞠子宿」が、更に西にもう一つ先の
「岡部宿」がありますが、この間に東海道の県内3大難所の一つと云われた「宇津ノ谷峠」があります、標高はせいぜい
200mそこそこですが、とても急峻な為に、なかなかの難所だったと言う..
岡部の登り口からは、徒歩..約2時間前後?(我ら年配者の足で当てになりませんぞ)距離は短いが急勾配が続く難儀
なコースです、この先は静岡側の宇津ノ谷トンネル間近の道の駅脇へ下山するコースです、逆コースは難儀な崖登り?
峠の麓には、今も宇津ノ谷の集落が静かな佇まいを見せ、なかなかの名所.. 秀吉ゆかりのこここそが、ご案内したい
旧東海道:散策の本命なのですが.. 次編 《旧東海道:秀吉》 編として.. レポートしますね!(^^)!
2019年09月12日
歴史散策 :旧東海道(1)日本坂峠
記事は小生が、初めて出会った 初期のブログ《TAKAの撮り撮り日紀》の《旧東海道(1)古代》からの転載です..
オリジナルページは 2003年の還暦を期に立ち上げた、拙作のホームページ “写真機の森” へリンクしています
ここ:イーラ・パークより、オリジナルサイトの ブラックバック の方が見易そうなので リンクしさせて頂きます(^^ゞ
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場所は 静岡市と旧岡部町(現藤枝市)及び焼津市との境界に横たわる連山を超える歴代の街道の話から始めます
街道の他、鉄道や道路、トンネルまでカバーします、トンネルといえば.. 道路や鉄道..何本あるか?ご存じですか?
初回のコース..花沢集落への径はともかく.. 日本坂峠への古道は、距離も長く勾配も急でなかなかきつかったです
しかし、花沢集落の、長屋門を配した、現役旧家の佇まいは、歴史を感じる、素晴らしい景観ですよ!
題して 《旧東海道(1)古代》【日本武尊】も通ったという、古代の街道跡から.. (名前は便宜上 旧東海道とします)
当時は、まだ足腰達者で、有り余る時間に任せて、思いつくままに.. あちらこちらと、手当たり次第に 散策三昧!
古い銀塩写真機と..虎の子のデジ一眼レフを背負って、史跡スポットなどあちこち見て歩き.. にわか旅人もどき?
有り余る..時間と興味と、お気に入りマイカーで、散策三昧.. とにかく散策大好き!だった頃の記録です!
実は 2003年に還暦を期に 自前のホームページ《写真機の森》を立ちあげたものの.. 日々の記事アップロードも
当然、本体記事と同様の手順が必要で、とても複雑で大変、何か簡単な方法はないか? と思案、悩んでいた所に
ちょうどこの頃に、台頭し始めた”WebLog” 後の《ブログ》に注目.. 写真機の森 初めてのブログとしてFC2 blog
を利用させて頂くことにして、さっそく会員登録.. 結果は大成功!(^^)! まさに新天地.. これは最初の記事です!
なお旧東海道関連の記事全9編はこちら《旧東海道》に集計しています! 記述順ゆえ表示は古い順ですが(^^;
2019年09月02日
少し早い?そろそろ此方の花が咲く
えっ.. なんの花かって? 実はこれ、珍しい.. 赤い!蕎麦の花、この辺じゃ見ない花ですよね!(^^)!
長野などの蕎麦どころならいざ知らず、静岡の市街地の直ぐそばで見られるなんて、ラッキーですね!
開花は10月中旬頃なのでまだ早いけど、開花予告版? と云う事で、早めにアップしてみました(^^)

蕎麦の群生が見事ですね(^^♪.. 遠景は安倍川と静岡市街、運が良いと..富士山が見える!




畑の全景は、こんな感じ、赤い蕎麦の花.. 近寄って見ると普通?.. 白いコスモスも咲いてる..



とはいえ、蕎麦の花以外は、普通の里山の畑と云ったところ.. 昔..偶然見つけたので通ってる!
静岡市の安倍川右岸にある 徳願寺山 のすそ野の蕎麦畑の花 円山花木園 という公園があって
ここは夜景スポットとして有名らしいですが.. 我らには格好のお蕎麦の花鑑賞スポット?
場所は少々分り難く、闇夜じゃなかなか大変すが、日中ならのんびり訪ねることができまよ(^^ゞ
トレースされる向きは.. こちらの 円山花木園 への地図が参考になるかな?